積雪が田んぼを維持する
ある年、「今年は雪が少なくて助かりますよね」と言ったおじさんに、こう言われた。
「降るものが降らンと、困るんじゃ」
「どうして?」
「春の水が心配になるケエのお〜」
3月の声を聞くと、村のあちこちで田の荒起こしが始まる。
冬枯れの景色を見慣れた目には、掘り起こされた黒々とした田の土が眩しい。
そのうち、村中に張り巡らされた水路から、勢いよく流れる水音が聞こえるようになる。
ブルちゃんはお散歩の度にその水音に耳を澄ませた・・・
雪解け水の匂いも嗅ぎ取っていたに違いない・・・
たった10年ほど前までは、村の春は、このようにして始まっていた。
水争い?
これも以前の話になるが、他の集落の家のことで、ある人に訪ねたことがあった。
「◯家と◯家は、もしかして仲が悪い?」
「ウン? 待ってエよ、◯と◯は水が同じだったかいなあ」と考えるそぶり。
「同じ水を使っていれば、色々あるケエなあ」
「ここは江戸時代か!」って、胸の内でツッコミたくなった。
山から水路を伝って流れてくる水を、先の田が自分勝手に十分に使えば、後の田は水が足りなくなる。
たくさんの水量がある年でも、何らかの水の揉め事はあるらしいから、水が足りない年には、死活問題だ。
ずっと昔から、同じ水路の水を使う家と家が仲良しであろうはずがない。
春は名のみの風の寒さよ・・・春間近、同じ水を使う家々が共同で水路掃除をしているのを見かける。
冬の落ち葉を取り除いて、周囲の枯れ草を刈る。
一番に、一番に、水の通る道が大切なのだ。
すっかり田んぼはなくなった我が家周辺では、このような水路の管理はされなくなった。
それでも山からの水路はあるから、水が溢れて道を流れたりするようになった。
夏の草刈りの草が放置されていれば、水路に枯れ草がたまったり、イノシシが斜面の枯れ草の下を掘り起こしたりして、水路に土も落ちてくる。
今度は水路からも草が伸びて、ここまでくるともうほとんど、お手上げ状態かな?
ブルちゃんが聞き耳を立てた水音は、聞かなくなってから久しくなります・・・
雪の冬がひと段落して、山から流れ落ちる水音は、村の春を告げていたのです。
今年は、この1月をこのようにして送り、2月を過ぎ、3月はどのような春の訪れを迎えるのでしょうか。