「うた」は世事を超えるのです
今日から「うた日記」は新しいシリーズに入った。
数首が並べられているが、やはり、万葉集の歌がいい。
「枕詞」について考えさせられる。
まあ、有名どころ(勉強不足プラスあれこれの私にとっての話)で言えば、
「ぬばたまの」とくればいくつかの決まった語が続くのだけれど、この枕詞というものは、なんだか他のいろいろな「比喩」に及ばない、偉大な「何か」「力」、それを持っているということじゃないだろうか。
初々しいはじめの言葉、枕詞とはそういうもののような気がしてきた。
古今集にも新古今集にも、また他のたくさんの歌よみの集にも、枕詞は脈々と流れながれて歌が生るのであるが、どういうわけか少しづつことばの力が弱くなっているような気がしないでもない。
万葉集は「初めのことば」、初めのことばの力、それを広げて見せてくれる。
ダイレクトに?響いてくる、伝わってくるのは、枕詞が豊穣なことばの世界を予感させるからに違いない。
まあ、ど素人が、そんなこんなを並べてもしょうがないが、とにかく、やっぱり!万葉集なのだと、思ったしまったことだった。
今朝の「うた日記」ではこのように書かれている。
たまきはる宇智の大野に馬並めて朝踏ますらむその草深野
万葉集・中皇命
*「たまきはる」は「うち(内)」「いのち(命)」「よ(代)」等にかかる枕詞。