bull87’s blog

言ってみれば、雑記帳・・

「神がそれを望んでおられる」十字軍物語 1)

一神教って、やはり理解しがたい

塩野七生「十字軍物語」は文庫全四巻あって、2018年秋、その文庫版前書きの塩野さんの言葉はとても興味深い。

「十字軍」は高校の教科書にも載っている。

私だけではないと思うが、受験で世界史をとらなかった人は、「十字軍」とはそれっきり笑じゃないかと思うけど。。。

 

十三世紀当時にはイスラムキリスト教の間で解決できたいわゆる「パレスティーナ問題」が、なぜか七百年が過ぎた現代のイスラムユダヤの間では解決できないのか。

 

前書きで、塩野さんがこう言った2018年から数年経って、今なお解決の兆しさえなく、

おばさんは、単純に、「どうして仲良くできないの?」と思うばかり・・

 

「海の都の物語」を終わったら、私は塩野さんの本とはそれでお別れと思っていたのだが、やはり手を出してしまいましたね「十字軍物語」に。

 

塩野さんの本は、彼女も言うとおり「現場に読者を連れて行」ってくれるから、おばさんの知りたい気分笑を、「まず感性から入って理性につなげていく」ことになるのであって、この魅力には抗いがたい。

 

ただ「神がそれを望んでおられる」という言葉の魔力?信仰心、というのはなかなか理解しがたい。

塩野さんはその理解しがたい信仰心そのものというより、その信仰心を生まれながらに身にまとった?人たちの生きた姿を描くことで、あとは読書にお任せ?って言ってるみたいだな。

 

文庫版 1 「神がそれを望んでおられる」

第1回十字軍は年表的には1096〜1099年、キリスト教の聖都イェルサレムイスラムの支配から解放したことになっている。

 

 

この一巻は、ローマ法王ウルバン二世の「聖地奪還」のアピールから書き起こして、十字軍遠征、イェルサレムの奪還、イェルサレム周辺地域の征服、

その後これらの十字軍連邦国家を守った第一世代(塩野さんの言葉)が歴史から退場するまでが、書かれている。

イェルサレム解放までは年表通り3年かかっているが、「聖地奪還」で済まされるはずはなく、そのあとが問題だったのだ。

 

ウルバン二世は、イェルサレムが十字軍の手で陥落した二週間後にローマで死んでいて、おそらく知らずに亡くなっていたはずだと言う。

そうしてこの後第2十字軍から第8十字軍への歴史となる。

ヨーロッパ側がイェルサレムを維持したのは100年余りで、その後20世紀までイスラム支配下に置かれるのだ。

(近現代の歴史は、私などの理解に及びませぬ)

 

第1次十字軍の頃は、日本では鎌倉幕府が成立する前になるわけで、同時代のヨーロッパの動きや、小アジア、中近東の東からエジプトまでの様子が伝わってくる。

イスラム教のシーア派スンニ派、グルド人、今現代でもよく見聞きする言葉だが、この時代にはどんな風だったのかも朧げながらではあるが、ふ〜んと頷きたくなるわけで・・・

 

さて、第2巻に入れば、お楽しみの騎士団の登場です。

ここはまだ読み中で、「聖ヨハネ騎士団」とかの文字を見たら、「ロードス島攻防記」とかをもう一度読みたくなってしまったです。。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「愚か者」・・・

北村匠海くんは、何をやっても美しいな

「愚か者の身分」  11月12日 函館市シネマアイリスにて

妻夫木聡の映画「ある男」の脚本に加わった向井康介さんの脚本だ。

この「愚か者〜」、120分くらいあるのだが、飽きさせない。

時間軸?の行き来が、素晴らしい!というのが第一の感想かもしれない。

 

ちょっと怖いシーンとかもあるにはあって、思わず目を塞いでしまいましたね。

状況としては、非常に悲しい、というか、やりきれない人たちなんで、

話が嘘みたいな、ホントには現実にあるはずの話だ。

 

で、北村匠海くんと、林裕太くんだけならば、どちらかといえばスパイスの効かない映画なんだが、やはり、ここはですね、綾野剛木南晴夏さんのスパイスがしっかり効いていて、とてもいい映画になったんだと思う。

 

木南晴夏さんて、なんかいい役者さん

割と地味な脇役ばかりだから。

同じく北村匠海くんの映画「悪い夏」にも出ていたんですよね。

で、同じくこちらの脚本も向井康介さん。

この方、「深夜食堂」とかの脚本も何本かやっておられるんだ。

ふ〜ん、楽しみな方ですね。

 

映画の感想とかにはなっていないのだが、こういった映画にありがちな後味の悪さ、これはないと思います。

 

もしかしたら、木南晴夏さんの声が、この映画を救っているのかもしれないと思ってしまった。

それと、綾野剛ですかね。

 

大きなアジの煮付け!すっごく美味しそうです。

ご飯とこのアジの煮付けだけの食事、私もいつか、やってみます!

家の罠に、クマ3頭!

地域放送は「今日のクマ情報」

11月半ばにに中尊寺に行く予定だったが、10月半ば、私は中止を夫に申し出た。

初めは相手にしなかった夫も、重なる私の懸念表明と毎日の報道に、さすがに呑んだ。

 

中尊寺は前にも行ったが、今度はゆっくり歩いて、ゆっくり見たい、というのが願いだったが、クマだって山中歩き回っているはずなんで、あえて奥羽山脈に行くことはあるまい。

 

で、函館市移住の前に住んでいた中国山地の山の中はどうなっているんだろうと、友人にLINEをした。

「私も夏場は畑で2回目撃し、家の罠に3頭かかりましたが、最近はクマ目撃情報の無線を聞きません。島根県はクマ被害が減っているとか・・・新聞に出ていました。

山に餌があるって事でしょうね。あっ、でも家の富有柿はやられました、残念・・・」

 

西日本は山の木の実が豊作らしい

しかし、家の罠に3頭!!!

まあ、こんなことで、村の人たちは騒ぎ立てませんねえ。

私だって、近所の柿の木の下の檻に捕まったクマは見てるわけで・・

散歩途中で楽しそうにとイノシシ解体をしている猟師仲間さんも見るわけで・・

(獲物は等しく分配されます。これ、重要です)

 

「夕べお父ちゃんの車にイノシシが当たって、前が壊れた」

「そのイノシシ、どうするの?」

「こんばん、焼肉だよ。でもイノシシが古かったから多分硬いってお母ちゃんが言ってた」

(古いって、多分若くないってこと?)

 

私も、夜中に裏山で山の木が揺らされる音は聞いています。

栗の木ですね。

気温も下がってきて、真っ暗闇のシーンとした夜更け、この気配に耳をそばだてて寝付くのは、なかなかに乙なもので。。。

 

で、LINEの彼女、

「クマを見たからって、いちいち役場に通報とかしないよ」と、私に言ってましたよね。

クマとは多分共生していたのです、あの村は。

(ちなみに彼女は村の中心部笑からは離れた集落に住んでます。)

さらにちなみに、クマの目撃情報は、役場の「ふるさと産業課」に申し出ます。

イノシシの親子(ウリンコ2匹)が我が家の敷地に3日続きでうろうろしていた時は、考えあぐねた末に、「ふるさと産業課」に電話しました。

 

この時はすぐに役場のTさんと猟師さん(知り合いのウッチャン)が軽トラで駆けつけてきましたね。

何しろ我が家は役場の裏手、田んぼを隔てた、まあ、村の中心地ですから。

その田んぼの畦道をトコトコ連れ立って歩いていた3頭はあっという間に駆除されました。

Tさんは慌てて、有害鳥獣駆除って腕章をつけましたね。

 

「猪だけでなく、鹿、猿、アライグマ、ヌートリアも増えてきました。

人間は減るばかり・・」

で、LINEには、〇〇サン(お姑さんのことを彼女は人前では名前で呼んでいます)が施設に入院されたことの報告があり、

「〇〇さんの畑」の写真が添えられていました。

〇〇さんが何十年耕してきた畑も、たった春先から放っておいただけで、コスモス畑になりました。

思うに、これは彼女が嫁として〇〇さんに敬意を表してコスモスの種を一斉に撒いたんだと想像します。

彼女は、一切農業の手伝いはしない!と公言してましたが、田仕事の片付けなんぞはやっていたはずです。

今頃は、大根も白菜も、村の誰かに貰っていることでしょう。

 

ヌートリアって響き、ちょっと怖くないですか

川にいるんです。

聞き齧りですが、南米から毛皮を取るために持ってこられた外来種で、ネズミの一種だそうで、繁殖力が旺盛。

私がいた頃は、子どもたちが、通学路の川で見たとか話してたけれど、

一気に増えているんでしょうね。

 

彼女がLINEで送ってくれた一昨日の、中国山地の空のスーパームーン

山里は捨てがたい・・・

村の小学校の大きなイチョウの木の紅葉、山桜の景色、吹雪の中の運転、とか、折々に写真を送ってくれます。

「キカオクベシ」という競走馬

「短歌」10月号 巻頭作品28首 小池光氏の歌

  

小池光氏は1947年のお生まれだから、70代も後半になられた。

歌の中からひろってみる。

マーラー交響曲に身をひたす五十分ありこころ弱りて

たかだかとさるすべりは花つけてをり眼疾の目を挙げてみるとき

ひかるちやんかおるちやんの兄弟は蝉捕りに行きて帰らず七十年を

 

確か小池光氏の歌には、競走馬のカタカナの名を勝手に漢字になぞらえて歌われた歌があった。

ナリタブライアンを、多分、成田無頼庵?だったかな、そんなふうに。

ああ、小池さんは競馬もされるんだなと思った記憶がある。

 

で、なんと、今回の歌の中にも発見!

新潟の夏の競馬にあることか「キカオクベシ」という馬が走れる

 

昨日の夕方に、翌日の競馬の新聞?をダウンロードしていた夫に聞きました。

 「キカオクベシ」っていうお馬さんがいる?

 知らないなあ〜

 

早速検索したらしい。

 3歳未勝利200万下、だもんなあ〜

 残念ながら、僕はこういう馬のレースには参加しませんので・・

 血統もなあ〜

 

 でも、こういう名前をつける馬主さんって、誰?

福田光博さんとおっしゃるそうです。お持ちの馬は以下。

「アラレタバシル」「カゼノハゴロモ」とかの名前のお馬さんもいますね〜

夫曰く

 儲かってないなあ〜

「キカオクベシ」も、200万で買われた馬みたいだけど、獲得賞金が500万だもんな〜

 それって、結構な赤字・・

 

一般素人が勝手な想像しているだけなんだが、なんだかどのような馬主さんなんでしょうか、興味があります。

 

小池光氏の歌から、話が外れてしまった。

 大知真央は「抱いつちまお」かなどと言ひて七十八歳しづかなる馬鹿

「しづかなる馬鹿」とか、ああ、こういうふうに暮らしていきたい・・・

 

ちなみに普段は買わない短歌雑誌を買ったのは私には正解だった。

ふと「万葉集」をぴっぱり出してめくっていると、万葉仮名がすっごく粋に感じられて、万葉仮名で書かれた

 「吾情痛之」(あがこころいたし)「吾恋之」(あがこひし)

 「風乎痛」(かぜをいたみ)「娘部思」(おみなえし)

 「客行人毛 往触者」(たびゆくひとも ゆきふれば)

こういう言葉は、現代作歌の中ではどんなふうに歌い継がれているんだろうって思ったからです。

 

私にもっともっと学があれば笑、多分、現代作歌の中に万葉仮名を思い浮かべて読める歌がいっぱいあるはずなのです。

 

このようなどうでもいい話はやめましょう。

で、私が、何かで読んでノートに書き留めていた歌の中から、お気に入りの小池光氏の歌を書いておく。

 ひっそりと生馬のような夕闇がゐたりポストのうしろ覗けば 「日々の思い出」

 いちめんに椿の花が落ちてゐて来りし犬は憂ひをかんず 「草の庭」

 どんぶりはまごふかたなき悲の器あは雪すくひ来たるを容れて 「草の庭」

 

ちなみに小池光氏の「茂吉を読む」にはこんな文がある。

 短歌というものはいかにも継続の詩である。<内容>の八割九割は歌いつがれ思い継がれてきた凡事でよい。わずか一割二割の発見が新たな価値を継続する歴史の上に加えることで歌は生まれてゆく。

 

 

 

 

 

 

後にも前にも動けない夏

函館だって、暑かったのです。

そりゃあ、よそ様とは比べ物にならない程度でしょうが、クーラーなしで過ごせたかつての函館の夏、あの夏はどこへ・・(函館生まれの夫)

 

この夏、私を乗り切らせてくれたもの

①メルカリ初出品

②「刑事モース オックスフォード事件簿」

大谷翔平さん

こう書き出しちゃうと、なんだか情けないんですが、

つまり、時間をやり過ごすというか、日常をまあなんとか保つ程度に送ることができた主な三つです。

 

で、

①のメルカリでは、始めはちょっとまごまごしたけれど、意外とすんなりいけて拍子抜けした。

もう着る機会がおそらくないと思われる合計5点のほぼほぼ新品の夏物トップスと、まあまあ着たが着古し感はない、綿レースの長袖ブラウスを、どこかの知らない誰かさんに引き取ってもらえた。

ありがとうです。

この暑さが過ぎたら、今度は秋冬物をいくつか出したいと思っている。

 

②「刑事モース」の9シリーズの最後のエピソードで、モースの車が赤い車とすれ違います。モースのミラーに映ったその赤い車を運転していたのは、なんと!年月重ねたモース「主任警部モース」だった!

「主任警部モース」も全シリーズ観ましたから、なるほど。。嬉しくなるシーンです。

 

モースの後には「グランチェスター牧師と刑事の殺人捜査」も全シリーズ観てしまった。

モースの舞台はオックスフォード、グランチェスターの方はケンブリッジ

スコットランドヤード?の刑事物もあったような。こちらもいいです。

「孤高の警部 ジョージ・ジェントリー」です。

 

大谷翔平さんは、言わずもがな。

大谷さんのおかげで、日本中の誰か、ジジババがどれだけ元気をもらって夏を乗り切ったことだろう。

従って、みんな、どうぞ怪我をしないでシーズンを通してくださいって祈ってる。

(笑)大袈裟。。関係ない人もいる。。

それに、大谷さんが調子悪そうに見えたら、逆に元気がなくなってしまうというマイナス面もある。

ロバーツ監督がベンチで爪切ってるとか、コンちゃんがスタメンだとため息とか、ヘルちゃんの守備が怠慢だとか、そういう書き込みをいっぱい目にしてしまうわけだし・・(見なきゃいいのよね)

 

ガラス食器を、3点、買ってしまった

函館市移住の折にうんと断捨離したし、この春にもこちらで暮らし始めてからほとんど出番のなかった食器も、エイヤッと片付けた。

従ってもう食器類は増やしてはいけないのだけれど、こうも暑い日が続けば、冷やし中華、冷たいうどん、ソーメン、お蕎麦はもちろん、おっと、イカ売り屋さんのイカソーメンも食べるわけだし、気分転換に新しいガラスのお皿や小鉢が欲しいわけです。

 

 

非常にお安い品物ばかり。niko and ...で買った主にイカ刺し用の長方形のガラス平皿もお安い品物なので、本当に一時凌ぎの気分転換。焼き鳥だって、ガラス皿に乗せたら夏っぽい笑

生卵が入っている食器は、ドレッシング用に欲しかったけれど、これだと卵かけご飯も美味しそう(3個セット)。冷しゃぶの胡麻ドレッシングもマスターしたので欲しくなった。

おっと、蔦屋さんで小さな胡麻すり腕も買ったなあ。

今夏はドレッシングや何かと盛り付けにゴマを多用した。

 

で、で、心のふたは閉じたまま・・

やり過ごしていたら、なんとかなるのだろうか、いやならない。

心の状況はもっと悪くなる方向へ向かう、予感。

 

心にふた・・

昔、昔、兼好法師は言った

おぼしき事いはぬは、腹ふくるるわざなれば、筆にまかせつつ、あじきなきすさびにて、かつ破り捨つべきものなれば、人の見るべきにもあらず。

 

「新潮日本古典集成 徒然草」昭和52年発行、古色蒼然。

久々に引っ張り出したが、これ、なんだか読みやすいと今更思った。

 

徒然草」十九段は、「折節の移りかはる」様を書いている。

で、「源氏物語枕草子などにことふりにたれど、おなじ事、また、今さらに言はじとにもあらず」と言って、先の言葉に続く。

言い古されたことをまた自分がくどくど並べるのは如何なものかと思われるだろうが、言わないでいたらストレスになるから言うのであって、まあ、ほっといて頂戴?

こんな感じでしょうかね。

自分(兼好法師)がいいな、好きだなと感じる四季折々の季節の様が描かれてはいるが、殊更言い立てて披瀝するほどの珍しい様でもなく、つまり、あれ?これ誰かの歌の景色?みたいな、まあハッキリ言って、兼好法師が「言わないと腹ふくるる」から言っとくだけだから、ほっといてね、という十九段なんです。

 

で、そんな場面で使われた「物言わぬは腹ふくるる心地す」というフレーズなんだが、独り立ちして今まで残っているようだ。

言いたいことも言わないでいるとストレスになって、胃腸に良くない。ひいては心にも影響する〜

まあ私も、仕事場や世間づきあいの場面で「腹ふくるる心地」が溜まってきたら、このブログとかで書いたりもした。

 

「腹ふくるる」感じとは違う「心にふたする」感じ

「腹ふくるる感じ」は言っちゃえば少し済むかもしれないが、済まない「心にふたする感じ」が、人にはあるんだなあという気が最近している。

 

そんなこと、今頃気づいた?って情けないことかもしれないが、実は、私自身がそういう感じの中にとっぷり浸かっている気がして、バカだから、何事も経験しないと気付かない。

 

口にしてしまえば少し軽くなる心の問題と、

口にすることができない、というか、自分でどのようにも処理できないで、心の奥に閉じ込めてしまうしかないようなこと、これがあるのじゃないかと、今、思っている。

 

時々NHKラジオの「ひきこもりラジオ」(毎月末金曜日夜8時から)を聴き逃しで聴くけれど、色々なお便りやつぶやきのずっと向こうに、大きな大きな心のふたが覆っているような、誰もそのふたを退かしれあげられないような、いいえ、あなた自身にもそのふたがのっかているんだよ、って囁かれているような、シーンと静かなひとりぽっちな気がしてくる。

 

私はいわゆる引きこもりをしているわけではないが、

どうしても動き出せない苦しい感じは、これは心の引きこもりだなあ。。

 

 

 

函館の朝、「イカ売り屋さん」

今朝の外気温は21℃。室温は24.7℃。

窓を開けたら、心なしか風が涼しいように感じた。

とはいえ、日中は屋外の体感気温は31℃と出るし、室内も28℃前後にはなる。

結局クーラーのお世話になる日は、ああ、いつまで続くのだろう。

こんな愚痴も本州の方には申し訳ないが、毎日本州の酷暑ニュースを見る方も、苦しいです。

室内への日光を防ぎ、バタバタしないでいればまあまあクーラーなしでも過ごせることはできる・・

 

こんな夏でも、ちょっといいことがあった。

なんと!「イカ売り屋さん」が復活したみたいなんです。

8月初めだったでしょうか、

朝7時前、「イカあ〜イカ」のマイクが前の通りを流れたのです。

 

最初の木曜日は、ヤリイカ7杯(おじさんが適当に入れる)、サバ2本、計2000円。

次の週はヤリイカ8杯(同じく適当)、生ホッケ1匹、大きなアジ1本 計3000円。

お盆休みがあって、明けた週は、イカ5杯、サバ2本、計2000円。

 

ヒラメとかカツオとか、あるんだけれど、私、捌けない。。残念です。。

で、金額は、多分、適当だと思う・・

 

イカが捕れなくなって2、3年、

スーパーにもたまにはヤリイカの2杯入りパックが600円くらいで出てくることはあるが、ほぼ見かける方が希少。

 

しかしながら、そのあとがね・・

全部綺麗に収めるには、結構な気合が、私には!!必要なんだ。

 

 

  このクリの木のまな板も、久々に出した

ちゃんと捌いたら、それぞれお料理に合わせて冷凍庫へ。

もちろん当日のイカソーメンはいただくんだが、本当に文句なしに美味しいです。

生ホッケも初めて2枚に開いて塩焼きして食べた。

お味の方はどうってことなかった。

おじさん曰く

「焼くか、煮るか、だべさなあ」だもの・・

生ホッケの食べ方、お義母さんが元気な時に教わっておくべきだった。。

 

夫が小さい頃は、朝ご飯は山盛りのイカソーメンがおかずだったそうです。

毎日自転車で「イカ売り屋さん」が回ってたそうですから。

 

今回うちの前を通るイカ売り屋さんも、6年くらい前までは来ていたそうなんだが、しばらくやめて、また始めたそうだ。

函館市移住4年目の夏の出来事でした。

 

しかし、毎週イカ5杯あってもなあ。。

イカソーメン、イカフライ、イカのゲソ焼き、シーフードカレー用、ワカメとかとの酢物、

根野菜との煮付け・・・

イカばっかり食べてるわけにも・・・