bull87’s blog

言ってみれば、雑記帳・・

「勝者の混迷」(「ローマ人の物語」6)

 いかなる強大国といえども、長期にわたって安泰でありつづけることはできない。国外には敵をもたなくなっても、国内に敵をもつようになる。

 外からの敵は寄せつけない頑強そのものの肉体でも、身体の内部の疾患に、肉体の成長に従いていけなかったがゆえの内臓疾患に、苦しまされることがあるのと似ている。

   ーハンニバルー   (リヴィウス著『ローマ史』より)

 

これは、塩野七生著「ローマ人の物語 6 勝者の混迷 上」の序章に書かれている言葉だ。

「ローマの軍門にくだったカルタゴの名将ハンニバルの口から、予言にも似た右の一句〜」

から始まる「勝者の混迷」を読んでいくと、紀元前の話を聞いているのに、歴史って基本的には同じことの繰り返しに過ぎないのじゃないのか、などと思ったりもするのだ。

進歩というのは、人間の本質とは関わりなく、その外の出来事を言うだけのことで、ヒトは進歩するものではない・・・

 

富の格差

ハンニバルが言った『内臓疾患』の具体例は、ローマ社会において富の格差が生じてきたことだ。

「大規模な戦役もない時期にしかも資産の下限を下げても市民数が減っているのは、従軍中でも故国に残した家族が生活していけるだけの資産の持ち主でないという理由で、兵役を免除されていた無産階級が増えたということである。ローマ社会に、富の格差の拡大が起こったのだ。

〜〜〜

だが、なぜそんなことが起こったのか。地中海世界の勝者になったローマであるのに、それは富裕階級の富裕度が桁ちがいに向上したことが示しているが、それなのになぜ、共和政ローマの中核であった一般市民の数が、減少するような事態が起こってしまったのか。」6巻p40

 

第一次ポエニ戦役が終わった時にローマはやっとシチリアを属州としたばかりだったが、第三次ポエニ戦役が終わった時には、カルタゴ、マケドニア王国を属州とし、スペイン全土も領有して、ローマは地中海世界の覇者になっていた。

この間のローマ市民の階級とその資産を比較したのが、上の図だ。

ローマ市民の資産の格差は500倍以上になっている。

無産階級の資産の下限が引き下げられたのは、兵役義務を持たない市民が増加したからであって、過去の小競り合いから大きく戦役が拡大していったからでもある。

 

国が大きくなるということは、単純にこういうことなのだ。

 

土地の分配

富の格差が生じてくれば、自ずと資産階級の土地取得率が上がる。

小さな国のローマは自作農の一般市民が国を支えていたが、国が大きくなったばかりに、自らは耕さない土地所有者が増え、隷属化された農奴が増加してくる。

持てる者はますます豊かになり、持たざる者はますます貧しくなる。

その格差は連鎖していく。

これって、現代社会の『内臓疾患』のそれだ。。

 

これらの古代ローマの変化は、ポエニ戦役の100年間に徐々に進行していった、というより、戦役の結果がこうであったのかもしれない。

戦役前のもう少し小さな戦いでも、ポエニ戦役そのものも、すぐに決着がつくような戦いはなく、3年、4年、5年、あるいは10年近くかけている。

始まった戦争の終わりは、遠いのだ。

これも、今起きている世界の有様と変わりがないことにいまさらに気づく自分の安穏さは、救い難いのですよ・・・

 

 

 

20万と60万の兵力

函谷関の戦い

紀元前241年、秦王・嬴政は19歳、秦王となってから6年なので、この年は「始皇六年」と記される。

「史記」にこの出来事はほんの1行で簡単に書かれているだけだ。

「韓魏趙衞楚、共に秦を撃ち、寿陵を取る。秦兵を出し、五国兵の罷(や)む」

この1行については、

「始皇帝の戦争と将軍たち」鶴間和幸著(朝日選書)にも解釈が書かれている。

鶴間和彦先生は映画「キングダム」の中国史監修をされた先生だ。

前作「キングダム 大将軍の帰還」の後私は読んだ。今作「キングダム 魂の決戦」が封切りされてからは、この本はよく売れているそうだ。確かに、少し頭の整理をしたくなる。

 

「キングダム」では、函谷関の戦いに信の飛信隊(千人隊)はヒョウコウ将軍の率いる4万の軍に入っていた。

6人の将軍が率いる秦軍の総数は20万、対する合従軍は50万ということになっている。

これらの数字は、「キングダム」作者のオリジナルというのだが、根拠のない数字ではないだろうから、読者、観客は素直に受け取ればいいのだろう。

それにしても、古代ギリシャの都市国家や古代ローマも記録をちゃんと残しているのに、戸籍調査をした秦国はどうして軍団の正確な数字を記録に残そうとしなかったのだろうか、という疑問は湧く。(このことは他の本を読めば書いてあるだろう。)

 

「ローマ人の物語」(塩野七生著)

新潮文庫(全43巻)で出版されたのは2002年〜2011年だから、もう20数年前に読んだものの再読ということになる。

 

3巻からは副題「ハンニバル戦記」が始まる。

カルタゴとの第一次ポエニ戦役が始まった紀元前264年から戦役後の前219年までがこのシリーズの上巻だ。古代中国の戦国時代末期と同年代だ。

紀元前270年にルビコン川以南のイタリア半島の統一を成し遂げたローマの政治体制は共和政であったが、独自なものだった。

王政の利点は執政官制度によって、貴族政の利点は元老院制度によって、民主制の良いところは市民集会によって活用するという、ローマ共和政独自の政治システム」(2巻207頁)

で、大きな戦争となれば、2人いる執政官が将軍となって軍団を率いた。

「ローマ軍の戦略単位は執政官一人が率いる二個軍団なので、執政官二人では四個軍団になる。」(3巻128頁)

「『執政官軍団』の規模は、一万八千から二万になった。執政官二人とも戦線に出てくるとなれば、ローマ軍の戦力は、三万五千から四万におよぶことになる。」(3巻32頁)

 

で、ついでにだが、紀元前334年にマケドニアのアレキサンダー王がペルシャへ東征を始めた時の彼の率いる軍勢は、4万には満たなかった。アレキサンダー王は東征に記録者を帯同している。

小アジアの地でペルシャ王ダリウスと戦った「イッソスの会戦」では、ペルシャ軍勢は15万、アレキサンダーの軍は、この時は3万だったという。

 

20万と60万

「ローマ人の物語」では、塩野さんはローマの軍団規模や戦闘による損害・死者数などを同時代人による豊富な史料を使って丁寧に書いておられる。

ローマ軍は戦役には必ず記録者を帯同していた。

 

「ローマの通常動員戦力であった四個軍団は、ガリア人相手の戦闘の連続で増強を余儀なくされていた紀元前二二五年を例にとれば、次の配分になっていた。」(3巻132頁)

「〜ローマ市民の現役の数は二十万になる。同盟諸国の現役は六十万だ。」(同133頁)

一方、中国では、数年後紀元前224年(始皇23年、嬴政36歳)、これは史実によるが、「キングダム」の信のモデルでもある、秦の李信将軍が楚国を攻撃するにあたって、「兵はいくら必要か」と秦王・嬴政は尋ねた。

「同世代の李信は二〇万、老齢の王翦は六〇万と答え、嬴政は若い李信に委ねた。李信は蒙恬と二〇万の兵を率いて楚を攻撃した。結局楚軍に両者の軍は分断され、秦軍は敗北してしまった。秦王嬴政は王翦に兵を委ねることになり、楚を滅ぼした。」

「始皇帝の戦争と将軍たち」鶴間和幸著(朝日選書)には上のように書かれている。

20万、60万・・大雑把な数字だけれど、将軍には根拠があった数字なんだろう。

1個軍団4万、李信将軍と蒙恬将軍はそれぞれ2個軍団率いて、プラスアルファで20万。

王翦将軍は12個軍団率いなければ、楚国に勝てないと計算したのかしら?

 

で、ウクライナとロシアの戦争では、「20万と60万」の数字をうんと超えて、これまでの動員総数はさらにさらに膨らんできているそうだ。人間は戦争をするのだ、という歴史は、紀元前と少しも変わってはいない・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

待たせないでください!

「キングダム 魂の決戦」

7/28 TOHOシネマズ 仙台

人に会う約束があって、28日朝、北斗駅から「はやぶさ」に乗って仙台市へ。

17日に公開されていた「キングダム 魂の決戦」をやっと観られた。(函館市の映画館で「キングダム」を観るのは、私的には少し寂しいものだから・・)

みなさんがレビューでおっしゃるように、ホントに「えっ、ここで終わるんスか!ここからだろう!函谷関の戦いは!」というようなことで。

この続きは一体いつ観せてくれるんだろう、半年間?それはない・・1年間?いや2年間?落ち着かないことこの上ない。

どう考えても、この戦いの役者はほぼ揃っていたんじゃないかなあ。

当然撮影は函谷関が終わるまで済んでいるはずで、あとは編集とか、スタジオ撮りとか、CG撮影とか・・・他の映画の封切りとの兼ね合いとか・・

 

やはり山﨑賢人くんは、言わずもがな、別格だから、置いといて・・

前回、王毅将軍が討たれる時の、副官・騰のファルファルがすごかったのが印象的だったけれど、今回、将軍になった騰の戦いぶりはさらにアップしていて、めちゃくちゃ感動的した。

万極・山田裕貴くんが大評判だが、私的にはう〜ん、なんか浮いてるなあ〜という感じ。

これは前回観た時もそう感じた。

 

新たに登場した蒙恬、王賁!!!

蒙恬の志尊淳くんは特に特にこれからが楽しみだ。

で、あまり話題には出なかった合掌軍の趙軍副将・慶舎、これをあの中村蒼くんがやっている。

慶舎は後に黒羊丘の戦いで信に討ち取られるが、次の回?では絶対接触があるはずなので、彼がどんなふうにこの役をこなすのか、というよりも、決まった役どころを忠実に演じるんだろうけど、ちょっと独特な静けさ感があるから、その役者ぶりが楽しみだ。

中村蒼くんは、NHKの「ミッドナイトタクシー」での役どころ、同じくNHKでの「ムショラン三ツ星」での刑務官の役どころ、立て続けに見せられて、今、見逃せない男優さんなんだ。

この彼が信と向き合うときの映像が早く観たい。

(この2つのNHKドラマはプライムビデオで観られる。)

 

 

今夏の函館

am9:30 室温は23.7度。外気温は23度

風はやや強いですが、窓を開け放して快適に過ごせています。

函館市は7月下旬からずっとこんな感じです。

7月中旬は、梅雨ですか?みたいな雨降りが続いて、エアコンは除湿のためにつけていました。

 

7月下旬から8月上旬に函館観光されている方は、すごくラッキーです。

札幌や富良野、旭川などの内陸は30度くらいには気温が上がっているようですから。

 

本州の方には申し訳なく、熊本の方には、函館に避難して少し体を休めていただく方法ってないのかと・・・

 

夫が子どもの頃はこんな感じだったそうです。

確か私も、結婚したての頃に毎年夏お盆に函館に来てはその涼しさを満喫しました。

函館競馬場の木立の下に寝転んで、半日過ごすのが常でした。

今の函館競馬場はそんなのどかな風情とは無縁だそうです。

夫も懲りて行きません。

空調付きの観覧席のチケットも抽選だそうですから、函館競馬場は地元民のものじゃあなくなっていますね。

 

昔の函館競馬場をアルバムからのぞいてみました。

 

我が家は義父から夫へと競馬ファンは繋いできたのですが、息子は賭け事をしませんから、途切れますね笑

のんびりしてますでしょ。

まあ、昔はどこもこんな感じだったような気もしますが。

 

今週はお墓のお掃除に行きます。

そうして我が家では今秋には墓じまいを計画しています。

 

 

 

「シンプル・アクシデント / 偶然」

6/9 函館シネマイリス

「神は理由があって飛び出させた。わざとじゃない。パパは悪くない。」

「パパが犬を殺した、神様は関係ない。」

始まりは夜の自動車事故で、車中の母と少女の会話は多分こんな感じだった気がするが、印象的だ。

ジャファル・パナヒ監督が2025年カンヌ映画祭でパルムドール賞を受賞した近作。『ユーモアとスリルに満ちたサスペンスの最高峰』と、パンフには書いてある。サスペンス? これは受け流すとして、「IT WAZ JUST AN ACCIDENT 」の原題の方がいいような・・

不当に投獄された過去をもつ男女が、偶然から当の看守と出会い、復讐を果たそうとする話だ。ストーリーは逆説的に!至ってシンプルだ。

その6人が写真の男女。

彼らの言葉はペーパーに書いて仕舞えばそれだけなのだが、これもまた逆説的に!シンプルであればあるほどたくさんの表情を持つ。

ラストシーンは、それまでの暗い映像とは違って明るい光に溢れているが、音だけを残してそのまま白黒のエンドロールへと続く。

現実の義足の男の足音なのか、記憶の中の音なのか、あるいは日常の遠くの雑踏や風や鳥の音なのか、エンドロールの中に遠のいていく。

 

多分、世界の人々にイランのことを少しでも伝えたいという映画なんだろうな・・

3ヶ月前に始まった戦争だが、イランから国外脱出していた人たちが、ハメネイ師が殺されたと聞いてイランへ帰ろうと列車やバスに乗り込もうとしている映像が流れた。

あの時イランへ戻ったあの人たちは、どうしているのだろうか。

またパナヒ監督はこの映画が3月のアカデミー賞にノミネートされた後、またもや「体制に対するプロパガンダ活動」をしたとして有罪、禁錮1年出国禁止2年の判決を受けた。その後はどうなった?

映画における詩情って・・2)

イラン映画の続き

「熊は、いない」 Amazonプライムビデオ

・ジャファル・パナヒ監督 1960年生まれ 2022年制作

・パナヒ監督はアッバス・キアロスタミ監督の助監督だった。

・いくつもの映画祭の賞を受けたが、「反体制的な活動」を理由に20年の映画製作を禁止され、2度にわたって投獄もされている。モハマド・ラスロス監督のようには国外脱出せず、自身の軟禁生活さえも映像化している。

・この映画は作りが面白い。監視の目を潜って映画作りをしている本来の映画のシナリオと、その映画作りの過程がもう一つのシナリオとなって重なった映画だ。主演は映画作りをしているジャファル・パナヒ監督自身。

・モチーフは、国外へ逃れるしか希望を見出せない二組の男女の若者だが、一方で、イラン国境近くの小さな村に旅行と称して滞在し、実はオンラインで映画作りをしている監督の置かれた状況の複雑さが、村の因習と絡まり合う。

・当局から監視の目が入ってきたことから、監督は村を去るしかなくなる。車を走らせて川沿いに来た最後のシーンは、万感もの!! ありとあらゆる想いが映像から溢れ出てきそうだ。

・「希望」とか、他の世界で生きている者が、軽々しく口に出してはいけない世界を見ている・・・

・そんな社会性はたっぷり描きこんでいることはいるが、全編に映し出されるイランの景色には「社会性」なんて、それってなんですか?みたいな、全てを包んで時間が流れる、その圧倒的な詩情に満たされている。多分、私はこれを観たいんだ・・

 

「オリーブの林をぬけて」 Amazonプライムビデオ

・アッバス・キアロスタミ監督 ジグザグ3部作「友達のうちはどこ?」「そして人生は続く」に続く3作目

・やはり「友達のうちはどこ?」のあの瞳の美しい少年に出会うと嬉しくなる、少し成長しているが。

・ジャファル・パナヒ監督が初めてキアロスタミ監督の映画作りに参加したという作品。この映画は劇中劇のような作りになっていて、映画作りの現場のスタッフなども映す出されるのだが、パナヒ監督は映っていない。

・白く乾いた土壁やペンキのはげた木材、白い埃っぽい村の道や石段、そんな絵に紅いゼラニュウムの花鉢のいくつかが際立って美しい。そして集落を離れて広がるオリーブの林の緑、林を抜け出て緑の草原の中を続くジグザクの道、この美しさに感嘆だ。

・最後のシーンで、緑の中のジグザグ道を引き返してくる青年が草原をまっすぐに駆け戻ってくる遠景、「希望」っていうのは、ああいう景色にあるんだなあ〜って思ってしまう。

・1994年公開の映画だそうだが、多分、まだ、ジグザグ道やオリーブ畑やゼラニュウムの紅い花に、監督は「希望」を見せてくれることができる時代だったんだろうな、と思う。今はもう、世界は一瞬の「希望」のありかさえも探しあぐねているのじゃないか・・・

 

「運動靴と赤い金魚」 Amazonプライムビデオ

・1997年制作の映画 

・マジッド・マジディ監督 1959年生まれ

・いくつか賞を受けているが、他の監督のようには現在の状況などは私には分からなかった。

・ストーリーは至って分かりやすく、妹のボロボロではあったが1足しかない靴を無くしてしまった兄の奮闘と、その貧しい家族の話。

・「赤い金魚」は家族が暮らす集合住宅の水汲み場の池に住んでいる数匹の金魚で、最後のシーンでは象徴的に映し出される。

・この兄と妹が通う学校の様子は、イラン映画で何度もお目にかかる。先生に咎められて目にいっぱいの涙を浮かべる男の子は、いつ観ても切ない映像だ。

・兄と妹は父と母に靴を無くしたことを隠しているが、その2人が内緒でノートにやり取りを書くのだけれど、多分、この父と母は字が読めないんだろうなと思う。

・物語は淡々と語らていくに過ぎないのだけれど、その一コマ一コマに、小さな幸福感が感じられるのが、なんとも不思議ではある。

 

こういったイラン映画で、一瞬の「希望」と、ささやかではあっても今の世界ではなかなか触れることができない「幸福感」を観ている私はなんなのだろうと思っている。

私のすぐそばにあるのにそれを見ようとしていない私がいるのだろうか。。

映画における詩情って・・1)

この1ヶ月間に観た映画を記録

「オールド・オーク」 6/4 函館シネマアイリスにて

ケン・ローチ監督のイギリス北東部3部作の最終章、そして最後の作品になるかもしれないと言われる映画だ。4月末に封切りされているが、地方の単館には一月遅れでやってくる。

「わたしは、ダニエル・ブレイク」「家族を想うとき」も、人間への深い温かさが伝わる映画で、大好きな映画になった。

 

でも、「オールド・オーク」は本当に「希望」を私たちにもたらしているのだろうか。

1936年生まれ、90歳になろうとしている監督の、この世界に対する悲観が伝わってくるように感じてしまって、もちろん「希望」は私たちにすぐそばに見つけることはできるのだと言っていてはくれるのだが・・

ハンバート ハンバートが歌った朝の連ドラ主題歌の歌詞には、「日に日に世界が悪くなる 気のせいか そうじゃない」などとあって、最後には「今夜も散歩しましょうか〜」で終わるんだけれど、あの歌の歌詞の世界に通じるようではあった。

多分、世界中でみんなが「希望」の小さな在処を探している。

晩年の監督の悲しみが深く深くななっているようではあった。

 

「ハムネット」 5/11 函館シネマアイリスにて

ある映画評論家の方が「とにかくジェシー・バックリーを見てくれ」って力説されていた通りだった。彼女の表情に釘付けされてあっという間の2時間が過ぎる。

16世紀イギリス、シェイクスピアの妻の物語なのだが、シェイクスピアはほんの脇役。

映像の色彩といい、ああ、イギリスの中世後期ってこんなふうだったんだって教えてもらえるように、丁寧に作り込んであったような気がする。

 

で、イラン映画に浸かる・・・

Amazonプライムビデオで「イラン映画」と検索して、以下を観た。

どうしてイラン映画なのか?う〜ん、今のイランとの戦争のせいというよりも、アッバス・キアロスタミ監督の映画みたいなのを観たい、そういう心境からか・・

5本観た。やっぱりイラン映画はいい。

 

「君は行く先を知らない」 5/21 Amazonプライムビデオ

・パナー・パナヒ監督 1984年生まれ、42歳

・長編デビュー作 2023年公開

・キアロスタミ監督の助監督だったジャファル・パナヒ監督の長男で、幼い頃にはキアロスタミ監督の撮影の現場にも父親に連れられて行っていたそうだ。

キアロスタミ監督→ジャファル・パナヒ監督→パナー・パナヒ監督と、イラン映画の美しい詩情を見せてくれる監督が続いているのが、暁光のようでもある。

・もちろん、先の2人の監督が見せる社会性が、この映画では具体的だ。

つまり、イランを逃げ出す、いや、逃げ出すしか未来がない若者と、それを送り出す残る者の心の有り様が、あのような社会に生きていない私たちにも共感をもたらす。

・下のシーンのような映像には、ふた世代、ひと世代前の監督とは違う若さ?が感じられた。

 

・野営している父と子が、満点の星空に浮かび上がって星座と一体化していく長回しのシーンなどは、アレッ?なくてもよくないですか?って思うんだけれど、こういうところにも若さを感じた。

・イランの若き才能に幸あれかし!!!

受け継がれた映像美は揺るぎない

「聖なるイチジクの種」 5/22 Amazonプライムビデオ

・モハマド・ラスロス監督 1972年生まれ、53歳

・2024年発表され、国外で上映・受賞された直後、「国家安全保障に対する罪」で実刑判決を受け、徒歩で国外脱出、ドイツへ亡命。

・イランで起きた2022年の抗議運動(女子学生がヒジャブの着用を守らなかったことで「道徳警察」逮捕され死亡した事件に端を発する)の最中の、ある家族の話だ。

・政府の張り巡らされた市民への監視の目を潜って秘密に撮影され、オンラインで監督された。抗議デモ弾圧の実際のビデオ映像も使われている。

・監督は徒歩で国境を越えて脱出したのだそうだが、この国外脱出のケースは「君は行く先を知らない」にも、「熊は、いない」にも、現実のイランの日常の一つの行動として、どのようにして計画実行されるのかを見せてくれる。

・少し苛烈さが際立つのは、観るものにも伝わるものがある。

 

以下の3本はまた明日に感想を

「熊は、いない」 5/25 Amazonプライムビデオ

「オリーブの林をぬけて」 6/2  Amazonプライムビデオ もう2回観て3回目

「運動靴と赤い金魚」 6/4 Amazonプライムビデオ

ちなみに来週は函館シネマアイリスにジャファル・パナヒ監督の「シンプル・アクシデント 偶然」が来ます(こちらも一月遅れ)。