いかなる強大国といえども、長期にわたって安泰でありつづけることはできない。国外には敵をもたなくなっても、国内に敵をもつようになる。
外からの敵は寄せつけない頑強そのものの肉体でも、身体の内部の疾患に、肉体の成長に従いていけなかったがゆえの内臓疾患に、苦しまされることがあるのと似ている。
ーハンニバルー (リヴィウス著『ローマ史』より)
これは、塩野七生著「ローマ人の物語 6 勝者の混迷 上」の序章に書かれている言葉だ。
「ローマの軍門にくだったカルタゴの名将ハンニバルの口から、予言にも似た右の一句〜」
から始まる「勝者の混迷」を読んでいくと、紀元前の話を聞いているのに、歴史って基本的には同じことの繰り返しに過ぎないのじゃないのか、などと思ったりもするのだ。
進歩というのは、人間の本質とは関わりなく、その外の出来事を言うだけのことで、ヒトは進歩するものではない・・・
富の格差
ハンニバルが言った『内臓疾患』の具体例は、ローマ社会において富の格差が生じてきたことだ。
「大規模な戦役もない時期にしかも資産の下限を下げても市民数が減っているのは、従軍中でも故国に残した家族が生活していけるだけの資産の持ち主でないという理由で、兵役を免除されていた無産階級が増えたということである。ローマ社会に、富の格差の拡大が起こったのだ。
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だが、なぜそんなことが起こったのか。地中海世界の勝者になったローマであるのに、それは富裕階級の富裕度が桁ちがいに向上したことが示しているが、それなのになぜ、共和政ローマの中核であった一般市民の数が、減少するような事態が起こってしまったのか。」6巻p40

第一次ポエニ戦役が終わった時にローマはやっとシチリアを属州としたばかりだったが、第三次ポエニ戦役が終わった時には、カルタゴ、マケドニア王国を属州とし、スペイン全土も領有して、ローマは地中海世界の覇者になっていた。
この間のローマ市民の階級とその資産を比較したのが、上の図だ。
ローマ市民の資産の格差は500倍以上になっている。
無産階級の資産の下限が引き下げられたのは、兵役義務を持たない市民が増加したからであって、過去の小競り合いから大きく戦役が拡大していったからでもある。
国が大きくなるということは、単純にこういうことなのだ。
土地の分配
富の格差が生じてくれば、自ずと資産階級の土地取得率が上がる。
小さな国のローマは自作農の一般市民が国を支えていたが、国が大きくなったばかりに、自らは耕さない土地所有者が増え、隷属化された農奴が増加してくる。
持てる者はますます豊かになり、持たざる者はますます貧しくなる。
その格差は連鎖していく。
これって、現代社会の『内臓疾患』のそれだ。。
これらの古代ローマの変化は、ポエニ戦役の100年間に徐々に進行していった、というより、戦役の結果がこうであったのかもしれない。
戦役前のもう少し小さな戦いでも、ポエニ戦役そのものも、すぐに決着がつくような戦いはなく、3年、4年、5年、あるいは10年近くかけている。
始まった戦争の終わりは、遠いのだ。
これも、今起きている世界の有様と変わりがないことにいまさらに気づく自分の安穏さは、救い難いのですよ・・・

























・野営している父と子が、満点の星空に浮かび上がって星座と一体化していく長回しのシーンなどは、アレッ?なくてもよくないですか?って思うんだけれど、こういうところにも若さを感じた。
