bull87’s blog

田舎の暮らし〜こんなふうです〜老後をお考えの方、参考に〜Iターンを選択肢に入れてる方、参考に〜なるンかなあ・・・

ワンピースを重ね着したら・・・

ずっと昔から、ときどき、ふっと、このフレーズがよぎる事がある。

 

 ワンピースを重ね着する 君の心は 

 不思議な世界を さまよい歩いていたんだ 

        井上陽水「ジェラシー」。

 

小川洋子さんの「約束された移動」河出書房新社 2019年)

我が家から徒歩5分で函館市の支庁があって、その隣になんとかセンターというビルがある。

まあ、地域の色々な団体さんの定例会とか、子ども達や大人のカルチャースクールなどで利用される建物かな?

一階にはゆったりとしたフリースペースがあり、図書の貸し出しと、学習コーナーも完備!

ちょっと居心地の良い場所な気がする。

     

通りがかりに、思えば吸い寄せられるように目に止まったのがこの本。

博士の愛した数式」しか読んでことはないのに、どうして小川洋子さんにひきよせられたんだろう。

 

そうして、最初の短編「約束された移動」、次の短編「ダイアナとバーバラ」と、本当に不思議な空間に彷徨い誘い出されたような、そんな時間だったね。

 

あとの短編も然り。

 

つまり、「ワンピースを重ね着する 君の心」みたいな、そのような感じとしか、私には言えないですよ。

 

こじつけで、言おうとすれば、こういう言葉しか出てこないね・・・

日常の中に、必ず人は非日常を隠し持っているんだ。

日常の中でごまかしながらというか、隠し持ってることを忘れてたり、忘れなくっちゃって自分をなだめたり、こういう自分を嫌いになったり、他人の目に自分を任せたり、つまり、嘘つきを日常でやっちゃってる。

そういう日常の中で、幸せ?とか、考えちゃってるよ。

いや、幸せとかがそもそも日常の言葉であって、非日常には幸せもナニもなくって、いかなる物差しもいらない。

 

窓辺にたたずんでる 君を見てると

長い年月に 触れたような気がする

 

いつの頃から人は非日常が怖くなったんだろう。

ああ、加速度的に、日常に埋没する方が楽に違いないって、ほんとはそれがすご〜くどんどん、どんどんしんどくなっているのに、ごまかしが反射神経みたいになっちゃってるよ。

例えば誰かに、そういう感じを感じた時、なんか、苦しくなるなあ。

 

かすかにだね、わがままっていうことにして、非日常が日常に抵抗する?

それくらいかな。。。

 

 

 

 

「そんな悲しい目をしてンじゃねえ」

キングダム2 遙かなる大地へ

遅くなったけれども、昨日やっと観に行ってきた。

う〜ん、2019年は、待ち焦がれ感が強すぎたってこともある。

今回は待ちくたびれたし、予告とかが寂しかったし、イマイチ気持ちが・・・

 

と、こんなこと言ってるわりには、私、一生懸命観てしまったわ。

観終わった後も、十分、満足でありんした。

 

やはり、清野菜名さんの羌かいは、大正解!!!

「そんな悲しい目をしてンじゃねえ」信はこう言いましたね。

 

人離れして、女感?が匂ってこないのは、彼女が持ってる透明感だと、私は勝手に思ってる。

 3月に、つまりこの撮影後に、赤ちゃんを産んでらっしゃる・・・おめでとうございます!

 

トーン トントン  トーン トントン

ここはイマイチ、しょうがないと、諦めよう。

だって、あんなアクション、無理、無理。

とにかくもって、羌かいの清野菜名さんは、その姿形で期待を裏切らなかった。ありがとう!

 

山崎賢人くんですが、アクションがかなり盛り上がってて、こちらもアニメの期待を裏切らなかった。がんばるねえ〜ってやはり、こういうところが好きなんです。

ナニかに、なっちゃうんだよね。

おまけに、馬鹿っぽさを一段とアップしてくれて、これから将軍になっていくんだけれど、ここんとこ、どうするんだろうね。

このあたり、来年のキングダム3への期待値upかな。

 

で、ここからはちょっと勘弁してください。

呂不韋、配役ミスとしか・・・最後の最後の場面になって、ええっ〜。

昌平君、猛武役のお二人は、楽しみだから、

だから、呂不韋さんも、化けてくださいますように!頼みます。。。

 

NHKのアニメワールドのキングダム、こっちもグングン盛り上がってきてますねえ〜

 

 

柿本人麻呂の長歌

NHKラジオの「古典講読 万葉集」は18回目

この講読を聴き出してから(聞き逃しで聴く)、恥ずかしながら、私は柿本人麻呂長歌に目覚めたのです。

万葉集長歌なんて、なんだかめんどくさいくらいにしか思っていなかったことを、今は恥じている(相当に恥ずかしい話だ)。

長歌があってこその、柿本人麻呂だったのですね。。。

 

山本健吉は「柿本人麻呂」(新潮社 昭和37年初版)の中で、こう書いていた。

「人麻呂はある意味では、この長歌様式の完成者であり、壮大華麗な修辭で、藤原朝宮廷の儀式的要求を満足させた。だが、彼が長歌の完成者であったことは、別の意味では、長歌のはらむ矛盾を極限まで発展させたことでもあった。人麻呂は、長歌の可能性を、みづからの天才によって扼殺してしまったのである。」

 山本健吉の「柿本人麻呂」と「芭蕉」は断捨離せずにいたのは正解。今回、また読み直している。

 

「石見相聞歌」と言われる、長歌反歌群の講義は17回目だった。

18回目は、「泣血哀慟歌」だったから、おそらく19回目は石見国での死に臨んだ時の自傷歌の講義になるはずなんだが。。。

その際に、鉄野昌弘先生がどのように講義なさるか。。。

 

今までのところ、当初、私が「ワクワクする」と言ったようなお話は先生からは聞かれない。

けれども、とても分かりやすく、きちんと教えてくださっているから、この講義の本筋はそこにあることを、私はちゃんと理解しなければいけない。

 

  

 

で、石見相聞歌の歌群のうちの「或本反歌曰」には、他の二つの長歌には無い

 「大舟之 渡乃山之」(おおぶねの わたりのやまの)

 「嬬隠有 屋上乃山乃」」(つまごもる やかみのやまの)

という句がある。

 

石見国国府庁があった現浜田市から十数キロ東に向かえば、中国地方の一級河川・江川が流れている。

この川の上流域は中国山地をうねりながら流れ下って、河口は日本海に注ぐ。

河口からさほど遠くない中流域は、過去には幾度も氾濫して、この江川を「中国太郎」と呼んでいたそうだ。

したがって川は、点々と、堅固で巨大な防波堤が築かれ、言ってしまえば「味もそっけもない」川になってしまっているが、仕方のないことで、こんなことを言ってはいけません。

 

そのたびたび氾濫する中流域の右岸に「渡」(わたり)という集落がある。

そんなに詳しくはないが、この「渡」集落の裏に構える山を越えたら、多分?「矢上」という集落があるのだ。

 

古代山陰道については最近とみに研究の成果が出ているそうだ。

「悲願」の山陰高速道が継ぎ接ぎのように工事中なのだが、『やたらと遺跡が出てきて、工事云々』の話を聞いたことがある。

石見国府から大和へ上る古代道がどのようであったかは、私は勉強不足で、それに今現在も検索していないから、勝手なことを言っているのだけれど、「わたり」と「やかみ」という語を目にすれば、「妻に分かれて上り来る時」、なんだか人麻呂が本当に通ったように思えてしまうのだ。

 

斎藤茂吉が人麻呂終焉の地と結論付けた「湯抱」鴨山の地は、この江川をさらに上流へ遡った山の中にある。

おやまあ、と意外なほどにポツネンと、その終焉の地と名付けられた場所は現れる。

斎藤茂吉の「鴨山考」を読んでいないので、「渡」や「矢上」集落に触れている部分があるのかどうか、わからない。

けれども湯抱を終焉の地としたからには、江川流域の集落も調べているだろう。

嘘かホントか、ちょっと定かではないが、江川左岸に沿った国道沿いのどこかに「人麻呂渡しの地」(?)という立て看があったような記憶が・・・

 

まずは、これにて。。。

 

*ちなみに、ドストエフスキーカラマーゾフの兄弟」はとっくに読了しているが、感想文は書けない。なぜだろうか、なあ・・・単純に、好き嫌いの話か、なあ・・・

 

 

 

石狩湾、積丹半島、日本海、そうして噴火湾へ

北海道は、広い

札幌の義母を訪ねて、函館から車で出た。

車が少ない国道では、私も久々に、しかも余裕で!運転した。

高速を走りたくない私が、意固地に渡島半島の国道を選んで走ったおかげで、間違えて山の中に入ってしまったのは余計だったね。

 

   

    蘭越町にあるなんとか?ランド・・・ニセコの南西辺りか・・・美しい

札幌では義母に会った後、夫の友人ともウン十年ぶりに会った。

その後石狩湾を小樽へ回って、一泊した。

翌日、夫の兼ねてからの懸案だった積丹半島の泊村へ向かった。

泊村、ここは30代で亡くなった夫の友人の生まれ故郷だった。

 

泊村役場では親切に対応してくださったが、そのSさんのご実家はすでにSさんの奥様が代々のS家の墓仕舞いをされていて、実家も他の方のお住まいになっているとのことだった。

Sさんのお墓は岩内町の墓園にあるらしいというところまで教えてくださった。

   

      入江になっているから、穏やかな海だ。その向こうの日本海は荒々しい

Sさんが通ったに違いない小学校を探した。

海沿いを走る国道の、浜とは反対側の丘にある小さな小学校は、おそらく建て替えられたものだろう。

小学校へ上がる坂から、泊村の浜を見下ろした。

 

海を湛えた心・・・

Sさんは、浜がすぐ近くに見えるところにあっただろう小学校に行ったのかもしれない。

学校の窓からは風や波の音、海の香り。。。

泊の小さな村で成長した少年は、一体どんな海を心の底に満たして成長していったのだろう。

 

Sさんと夫は学生時代の友人だが、Sさんには2度目の学校だったから、夫より年長だ。

友人仲間でも競馬に熱心だったのは夫とSさんだったらしい。

「逃げるだろう」Sさんはこう言ったそうだ。

Sさんが買うのは逃げ馬ばかりだったなあ、と夫から聞かされてきた。

 

学生時代の帰省には、まだ青函連絡船を使ったのかもしれない。

 マッチする 束の間見えし 霧の海 身捨つるほどの 祖国はありや

                  寺山修司

 

泊村から岩内町役場へとって返し、また丁寧な対応を受け、夫はSさんのお墓まいりを済ませたのだった。

 

泊村から岩内町を走る国道229号線はほぼ海沿いを走るが、泊原子力発電所は国道からは見えないふう(?)になっていたですよね。

    私の勘違いで、ちゃんと見るところからは見えるのかもしれないが。

陽が傾きかけた頃になって、岩内から先をどんどん走るが、とんでもなく長い!トンネルがいくつかある。

    閉所恐怖症のような私には、あのトンネルは絶対に絶対に!走れない。

日本海の荒々しい崖を削って、あのようなトンネルをいくつも作ったのは、原発のためとしか思えない。

浜辺の古い泊のいくつかの町はそのままにあるに違いないが、その浜の人家を隠してしまうかのように走る国道やとてつもないトンネルの規模は、何事かを人に考えさせる。

泊原発再稼働を声だかに叫んだ参議院選の候補者が、全国で一番最後の最後に当選しましたね。

 

 

「冬薔薇」

阪本順治監督、やはり、好きです

大手映画館での上映が一通り、というか、早々と上映打ち切りした後で回ってきた映画が、函館シネマアイリスでは上映されるみたいです(多分)。

 

「冬薔薇」は「そんなに面白くないらしいよ」と人伝に聞いてはいましたが、どうしても観たかった映画で、上映初日の昨日、観てきました。

      

伊藤健太郎は、あのメンバーの中じゃあなあ〜」

これは夫がもらした言葉です。

 

いいのです。

そのざらざら感、違和感、場違い感、これを見せる映画だと思っていいかもしれません。

伊藤健太郎という男の子?の、今その時をそのまま見せようとした映画だと思えば、なんらの批評もはねつけます。

 

「退屈だ」「だからどうなのよ」「えっこれで終わるわけ」「意味わかんねえ〜」

こういうレビューを見ました。

反対に、これぞ阪本順治監督と、星5の御仁もちゃんといらっしゃいます。

だから、見たい人が見たらいいのではないでしょうかね。。。

 

1日経ってフッと思いました。

これは私の単なる思いですが、子どもを亡くした父や母の、それでも生きていかなくちゃあしょうがない、そういう父や母のその後の人生を、思わせられます、共感を持って。

 

「団地」の時もそうでした。

日常の生活の中で、隠していた痛みがふっと立ち上る、それがものすごく滑稽な形になって・・・私、滂沱の涙が。。。

 

「冬薔薇」の父(小林薫)母(余貴美子)も、溺れそうな悲しみを押し込めて社会生活を続けていく。

だって、生きていくしかないじゃん・・

母が淳にこう問いますよね。

「あんた、背中がゾッとするような感覚、味わったこと、ある?」

たった二十年かそこらしか生きてこなくて、自分のことしか興味のない息子「淳」の耳もとを、なんらの意味も持たないままこの言葉が通り過ぎていく、この感じ、伊藤健太郎だから、ピッタリきています。

 

このどうしようもないズレ感が、この映画の底をずっと流れているような気がします。

 

阪本順治監督はすごく恥ずかしがり屋さんではないでしょうかね笑

分かるだろ・・・

 

あの〜、子を亡くした親のことがテーマとかの映画じゃないですよ。

伊藤健太郎による、伊藤健太郎のための映画、そう思えばいいのかなあ・・・

 

 

 

 

上質なサスペンスのよう・・・

額田王の歌

中学校の国語教科書では

 あかねさす紫野行き標野行き野守は見ずや君が袖振る (1−20)

この歌だったか?

あるいは

 にきたづに船乗りせむと月待てば潮もかなひぬ今は漕ぎ出でな (1−8)

こちらだったか?

もしかしたらどちらかは高校の古典教科書だったのかもしれない。

 

NHKラジオ「古典講読」の(8)(9)を聴き逃しで続けて聴いた。

(9)では相聞歌から挽歌にかけてのお話だった。

最後はこの額田王長歌だった。

   

この挽歌は、次の時代の柿本人麻呂を思い起こさせる・・・

というようなお話をされた。

 

ああ、なんかドキドキするような、楽しみだ。

もしかしたら、私の期待するようなお話はないかもしれない。

それならそれでもいい。。。

柿本人麻呂は、そんじょそこらのサスペンス本では味わえない登場人物なんだ!!!

梅原猛が猛烈に想像力をかき立てられたんだからね。

 

 淡海の海夕波千鳥汝が鳴けば情もしのに古思ほゆ (3-266)

持統朝のサロンでこの歌が詠まれたのなら、何かしら不穏な空気ではないか。

石見国へ流刑というのはどうか分からないけれど、飛ばされる?というのはあり得ると考えても、いいのじゃないか。

 

いずれにしても素人の一読者が勝手に万葉集を楽しんでもいいわけだし、その辺りを充実させるべく、鉄野先生が教えてくださるというのは、誠にもって慶賀。。。

 

 

 

 

「母の味」、昭和だ・・・

「お母さんに何かして欲しいこと、ある?」

「コロッケが食べたいかな」

産休に入ったY子さん、函館と東京、それにやはりコロナのこともあるので、出産の準備には行かない。

 

だんだん不安にもなっているに違いないが、母は何もしてあげられない・・・

本州ではもう新ジャガが出ているようだが、近くのスーパーに出てたメークインは新ジャガではなかった。

 

「レシピ、書いといてね。母のコロッケみたいな衣が薄いコロッケは、どこにもない」

料理本に書いてある通りだよ。特別なことは何もない」

そうは言ったものの、昨日は余裕があったから、途中を写メで撮って、このブログで残しておくことにする。

メークイン(小さかった)7、8個を塩少々で、竹串が通る程度に茹でる(茹で過ぎない)

鍋ぶたで茹で汁を切った後、鍋をゆすりながら空入りして、水分を飛ばす

          

スプーンの背で、つぶす(マッシャーなしで主婦業をやってきた笑)

 この時、塩を少し入れてもいいが、塩で茹でているから、入れなくてもいい

   

玉ねぎのみじん切り(新玉ねぎ中2個)、人参半本のみじん切り(これは我が家流、夏にピーマンがあり過ぎるときはピーマンのみじん切りを入れることが多い。ピーマンを入れる方が好き)

    

パン粉は2種類くらいを混ぜ合わせて使うことが多い。理由はないが、習慣かなあ??

塩、胡椒をふりながら合い挽きを炒める

 ひき肉の色が変わるまでちゃんと炒める(肉臭さをなくすため)

玉ねぎ、人参も入れて、塩・胡椒しながら炒める

 玉ねぎから水分が出るので、しっかり水分を飛ばすまで炒める

    

      

材料を全て混ぜ合わせる

 この時、味を見て、塩胡椒で整える(味は薄いなあ?くらいで十分)

  

コロッケの種を丸める(形は自由、俵型でも、平べったくても🆗)

     

 この量で、卵2個(卵液にお水をちょっと入れるよ、私。このほうが卵液がつきやすい)

小麦粉、卵、パン粉の順でつける

  

十分なサラダ油で、揚げる。

材料には全て火が通っているので、衣に色がつけばいい

  

 

これで出来上がり!

軽く2時間は立ちっぱなし。

なおかつ、この料理は場所を取るから、狭い台所じゃあ、キツイと思う。

「レシピ残しといて」と言われたけれど、仕事キツい女性には、よほどの心のゆとりがないと、コロッケを作ろうなんて、無理!無理!

 

おまけにコロッケだけじゃないわけだから、ご飯といだり、キャベツ千切りしたり、お味噌汁とか副菜とか、軽く3時間はかかるなあ(後片付けも結構あるから)

それに揚げ油の始末・・・これがね・・・

 

「昭和の母の味」として思い出にしておけばいい。

6個、当日の夕食に食べて、残り12個を冷凍に。

あと、今日これから作るもの

茹で豚を作ってスライスしたものを冷凍(ラーメン食べる時や、刻んでチャーハンに)

お稲荷さん用の油揚げを煮たものを冷凍(おうどん食べる時)

小松菜もさっと茹でて冷凍(これ、お味噌汁に最適らしい)

 

昨夜の我が家の夕食

(ほうれん草の白和、油揚げ焼き、トマトサラダ、カブのお味噌汁、チリメンジャコの佃煮)