bull87’s blog

言ってみれば、雑記帳・・

「モンテ・クリスト伯」

マルセイユの港と城塞島

12/19 函館市シネマアイリスにて

長いんですよね、3時間!

「国宝」の3時間は時間の長さを感じないけれど、「モンテ・クリスト伯」の3時間は、まあ、物語の筋から言えばしょうがないです。

 

シャトー・ディフ(イフ城)を映像で見たかったのですから、満足です。

18世紀辺りのマルセイユの港を見られたのも、満足でした。

 

中世の十字軍時代の頃のマルセイユの港が、想像できました。

第三次十字軍のイギリス王リチャードは、1190年、ローヌ河沿いに南下してマルセイユから海路中近東を目指します。

マルセイユではイギリスからジブラルタル海峡をまわってくる輸送船団と合流して、シチリアのメッシーナに向かいます。

さっさと中近東へ向かうべきところなんですが、シチリアで一悶着あり〜の、またまた次のキプロスで一悶着あり〜の、で、結果的には、このキプロスがキリスト教側になったことは、その後の十字軍側にとって大きな意味があったのです。

リチャード以後、キプロスには城塞がいくつも建造されて行きます。

 

話を映画に戻せば、モンテ・クリスト伯(航海士ダンテス)が捕囚されたシャトー・ディフの城塞は、規模としては小さいものなのでしょうが、その堅固さ、要塞ぶりは分かります。

 

モンテ・クリスト伯が手に入れた財宝は、かつてテンプル騎士団が隠した財宝であり、シャトー・ディフの牢獄で共に脱獄計画を立てたのは、そのテンプル騎士団の最後の修道士だった、というお話なのです。

 

映画で映し出された財宝、それを手に入れ、伯爵の仮面を被ったダンデスの富豪ぶりは華麗です。

なるほど、テンプル騎士団ならこのような財宝を蓄えていたとしても、あり得ない話ではないだろうと思ってしまいました。

聖ヨハネ騎士団にしても、ロードス島やマルタ島に築いた城塞の規模からして、どれだけ資金力があったか計り知れません。

歴史的には、壊滅させられたテンプル騎士団の隠し財宝などあったのかどうか、あるいは、あったとしてもとっくにどこかの誰かに掠め取られてしまっていたでしょうね。。

 

「巌窟王」

A・デュマのこの小説を明治時代に「巌窟王」の名で翻訳したのは黒岩涙香だそうです。

「巌窟王」なる本があったことは知っておりましたが、読んではいません。

読んでごらん、と勧められた記憶もありません笑

 

追記

シネマアイリスで、この「モンテ・クリスト伯」を観た後、出たらびっくり!

次の上映を待っていた人でいっぱいだったのです。しかも平日の午後に、しかも若い人!

シネマアイリスでも、こういうことがあるんだって、喜ばしく思いました。

『(LAVE SONG)』という映画でした。

森崎ウィン、向井康二・・よく知りません・・ごめんなさい

こういう映画なら人が入るんだって・・う〜ん、そうか・・